★ Lost article ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-3983 オファー日2008-07-22(火) 02:34
オファーPC チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
ゲストPC1 ウィレム・ギュンター(curd3362) ムービースター 男 28歳 エージェント
<ノベル>

 他人に何かを譲る行為が重要などと思った事は無い。
 時折会った人間が、手渡した譲った物について語ってくれるのが好きだった。
 大切にしている、でも壊れたでも良い。また再会出来る喜びを。

 ――チェスター・シェフィールドは無意識にそれだけをただ、望んでいたのだ。


1.日常

 いつも窓から見える景色は同じであった。それが朝であろうと昼であろうと、夜であろうともだ。この町の空にはいつも雲のような薄暗い霧がかかっていて、下界の喧騒を空へ届かせない。
「なぁ、今何時になったんだ?」
 機械仕掛けのマンション。最上階よりは下の階層で、少年が一人ベランダから部屋の奥へと言葉をかける。
 このベランダから上を見ても最上階は見えず、ただ悪質な霧だけが肺を満たすというのに、チェスター・シェフィールドはいつも夕方にはこの場所で景色をただ。眺め、完全に夜になったと思えばそうして時間が何時であるかを口にした。

 いつの時代もそうだ、子供が一人で居れば大人は『可哀想に』と口にする。生きていく術の無い彼らに住む場所を与え、食事を与え、出来るだけの教育プログラムを与え、愛情は与えない。
 チェスターの住むこの高層マンションが良い例だ、どこぞの金持ちが用意したプログラムだけで喋る機械はアラーム付時計の役割をしてくれたし、鍵の役割すらも受け付けた。毎週決まった曜日には数日分の食事が冷蔵庫に運ばれたし、ゴミも同じ要領で回収された。
『今は午後17時15分で御座います。 チェスター』
 無機質な声が部屋から響く。
「んじゃ、そろそろ出かけっかなぁ」
 人の居ないチェスターの部屋に少年らしさがあるとすれば、それは壁やベッド付近に置かれた拳銃だろうか。年頃の少年ならば好きであろうミリタリーグッズが至る所に置かれ、しっかりと磨かれている。
『いってらっしゃいませ。 お帰りは……』
「わかんね」
『了解致しました』
 出かける時は必ずそこかしこに置かれている拳銃を持ち、ベルトに突っ込んで出かける。これはこの世界、いや、チェスターの住む地位だけなのだろうか。正確には分からなかったが、持って出なければ財布を取られた挙句、翌日にはゴミ処理場から死体となって発見されるという事実が身に降りかかる、という事であった。
「今日の暗証は俺の指紋でいいや、飯は食ってくる」
 突っ込んだ拳銃の型番を確認後、それに合わせた弾丸を選び出す。そうだ、チェスターの部屋にあるミリタリーグッズはグッズではなく、全て本物であり生物を殺す兵器である。

「じゃ……。 って、話かけても返事しねーのか」
 扉を開けて出て行く、まだ十四歳の少年だというのに門限も注意の一言も無い。
 一見、恵まれすぎた生活の実態はあまりにも簡潔でそっけないそれで、親の居ない子供を保護するという目的とは裏腹に治安の悪いそこに建物を建てた、という事実はつまり、それ程保護対象への安全には気を遣っていない。どうでもいいという、そういう事なのだ。だからか、チェスターは家に寄り付かず外で友人と遊ぼうとする事が多かった。
 仄暗く、人工的な光が溢れかえる世界で着実に浸食してくる闇を背負いながらこの町は動いていた。

 ***

 世界中で現在魔物の被害に合わずに済む場所があるとすれば、きっと五本の指におさまる程度であろう。
 社会的にはさして変わらず変動を続けている、科学、気象、そして政治。毎日テレビでは天気予報が流れ、株情報もそれと同時に放送される。一般人にはなんら変わらない筈の日常には全て裏の世界が存在した。
『人材が足りない。 分かっているかウィレム、明日には本部から資料を送る、それに従って適切に動け』
「了解しました。 それまでは順次こちらで……」
 町の外れ、電話ボックスに背中を預けるスーツ姿の男――ウィレム・ギュンターは携帯から入る声に応答し、自らの言葉を投げかけようとして、一方的に切断された通信に項垂れる。
 重苦しい空気が湿気を伴い、外側に跳ねて直らない自分の髪をいくらか下に下げた。
(こちらの状況は察知しない……ですか。 本部のやりそうな事です)

 例えば今ウィレムの髪を塗らした空気はなんなのだろう、例えばテレビのニュースで殺人を犯した男が奇妙に笑っている姿が映し出されるそれも、治安の悪い地位で人が消えるのも。一体何処から起きる事件なのか、突き詰めて考えていけばそれは裏の世界に通じている、開けてはいけない扉へと行き着く。
(本部で手をこまねいていては魔物は増えるばかり……先週でこちらがどれだけ被害にあったか!)
 ブラックのプラスティック携帯を握り締め、忌々しいと言う様にウィレムはそれを胸ポケットに仕舞う。
 自分の、ウィレムの所属する団体は開けてはいけない裏の扉を開いている。つまり、世界に巣食いだした魔物を狩る人間の集まりであった。
 請け負った仕事は主に魔物狩りの素質がある人物を見つけ、尚且つスカウト、教育をする事。けれど、実際何人の素質ある人間が魔物に立ち向かうまでに育ち、立派にウィレム無しで活動を続けられるかと問われれば一年探して三人居れば良い方だろう。

 生み出される魔物の概念は現段階ではまだ、不透明から半透明になってきた色に近い。
 空に満ちている霧からの空気感染で人体が突然変異をする説を唱える学者もいるが、それならば人類の大半は既に理性を失っているだろうし、自然からの警告――つまる所ファンタジー小説に出てくる妖精の部類だ――を唱える学者に降りかかってくる言葉は『妄想も甚だしい』。
 人に敵対する存在として認識されつつある魔物はただ抹殺するのみ。ウィレムの組織が出した結論は学者達の討論に呆れ果てた一人の魔物狩りが設立したと聞いている。
「流石、魔物狩りが作った組織……でしょうか。 若い狩人達がどんな目に合うかも知った事ではないと……」
 人は熟練する度に若き頃の思い出を無くすと、ウィレムはまだ幼少の頃母親に教わった。
 あの頃はまだ魔物と人、それらへの枠引きが比較的薄い方と言えた時代だろう。父は理性的に人間を見てその指導者である教師であったし、そんな父を理解し有り余る力を抑える為に母は尽力していたのを覚えている。
(例えば僕一人で何かを成すとしたならば……)
 空を見上げ、息をする。滅んでいないウィレムの肉体は母である人間の血と父である魔物の血を持って、心臓付近に大きな氷塊を作り上げていた。
(母さん、父さん、お二人は嘆かれるのでしょうか?)
 魔物が人と暮らす時代が長い筈も無く、暫しの議論――人間だけのそれであるが――の後、討伐が決定された。ウィレムの両親もそのしわ寄せに合い、母は最期まで父の側に居たと聞く。
 一方でウィレム自身は、その血が人であるか魔物であるか判別された上で狩人達によって育てられたのである。
「どちらにせよ……」
 項垂れた頭を上げ、ウィレムは町の隅を静かに、影のようにして歩き出す。

 狩人達に育てられたのはウィレムの血が魔物として開花した場合への対処方法である。
 ただ皮肉な事に、青年になるにつれて教え込まれた魔物狩りの意味とそれを成す者達の見分け方は今、完全に自身へと浸透していて、ただこうするしかないと。浮かんでは消える何かを取り払いながら夜へと沈む町を彷徨うのだった。


2.友人

 チェスターはゲームセンターに行く度によく遊ぶ友人が居る。
「なぁ、こっちのロボットの方がよくね? お前、相変わらずぬいぐるみなんて取るのな」
 茶色い頭髪に同じ色の焦げた色を纏った少年は、同い年で名をジェイミー・ブラウン。全くもって名前と容姿を体現したような、大人になりきれない少年であり本日もチェスターがクレーンゲームでぬいぐるみを取る姿に抗議の声を上げていた。
「女くさいなんて言うなよ? こっちの方がとりやすい……のッ。 と、ほら、取れた」
 クレーンのアームは直立した黒いテディベアの首輪にひっかかると、それを横倒しにし、引き摺るようにしてゴールへと落としていく。
 ころん、と可愛らしい音を立てて出てきた景品を両手で持ち上げるとチェスターは『どうだ?』とばかりにジェイミーの濃緑色にくすんだ眼を覗き込んだ。
「ただのテディベアだろ?」
「んじゃ、お前は取れるのかよ」
「そりゃ……取れないからチェスターに頼んでるんだろう……」
 少年達の持ち金などさしてある筈は無く、チェスターはクレーンゲームやこと、景品が出るゲームに挑戦する時はなるべく自らが見て取れる物を中心に選んだ。一方、確実に勝ちを狙う自分とは違いジェイミーは必ず自分の趣味――箱入りのロボットやゲームだ――ばかりを選ぶから一向に取れない。
「お前なぁ、だからそういう箱物は取れないようにしてるか日にちを選ばねぇとアームが強くならねぇんだって」
 ゲームセンターも常連に景品を取られまいと策を練っているのは当たり前だ、特に景品に金がかかるもの程取り難い設定にしているのは一度センター内を回ればすぐに分かる。
「ちぇ。 今日もチェスターの趣味と食い物だけかよ」
「だから、趣味じゃねーんだってば」
 何時からだろう、まだジェイミーとも出会っていない頃からチェスターは何か『残るもの』を対象にゲームをする事が多くなった。
 勿論、シューティングやカーチェイスが嫌いというわけではない。単純にそれらのゲームの最後を飾るか始めにするものが『残るもの』を意識せざるを得ないというだけではあったが。
(そういや、なんでだっけかな?)
 手に持ったぬいぐるみを抓み上げ、凝視する。目にはボタン、いかにも安い生地を使用した黒いテディベアには特徴は無く。首を捻ってすぐにチェスターはそれをジェイミーに手渡した。
「俺はいいってば! チェスターさ、いっつも俺にくれるよなぁ」
「んー、そうだっけか?」
 テディベアの埋った相手の胸中からスティック型のキャンディを取り出し、口に含む。甘ったるいコーラの味はチープな香りを鼻に運ぶ。
「たむろするようになってから結構貰ってるぜ? 俺。 姉貴もいねぇのにはずか……――や、なんか変だって」
 ジェイミーは何か口にしようとして、口を閉ざし。そのまま話題を見つけられずに肩を竦めた。
(……あ)
 ここ数年、チェスター位の少年少女が孤児となり現在のアパートに引っ越してくる事が多くなっている。親が居ないという異空間、自分は既に慣れてしまっていたから分からなかった。ジェイミーという少年にはまだ家族の記憶があるという事。

「ま、物騒な事も多いしなぁ。 寂しいし? こいつも、貰っておくよ。 チェスター君だと思って!」
「……てんめ!!」
 もしかしたら目の前の少年にとっては酷な事を思い出させてしまっただろうか、ふいにチェスターの大人としての思考が回った時、ジェイミーの屈託の無い柔らかな、自分をからかう表情を見出して口の端を上げると年頃の友達同士がそうするように肩を組み合い小突き合う。
「なぁ」
「ん? なんだよ?」
 頬を拳で押されたと思えば、こっちは仕返しに脇を擽ってやる。そうして数分、過ごした後にジェイミーはチェスターを眺め、酷く真剣な表情でこう言った。
「お前は消えるなよ?」
「なぁに馬鹿な事いってやがるんだよ。 消えるも何もずっと……」
 こうして、肩を組み合って喧嘩の真似事をして。一日中ゲームセンターに入り浸り、相手の愚痴を聞く。けれど、チェスターがこうして遊ぶ記憶は決して多くは無い。今はジェイミーとつるむ事が多く忘れかけていたが、さて。その前は一体誰と行動を共にしていただろう。

「お前は、消えるなよ……?」
 口にした言葉、空気になった声がジェイミーの物なのか、チェスターの物なのか。意識内でははっきりと認識出来ずに、混乱する。
 ただ、目の前の少年の瞳に映る景色の中で行き来する人物達、自分の顔。ふいに横切る誰かの姿に、チェスターは奇妙な戦慄を感じるのであった。

 ***

「この界隈にはまだ管理しきれない魔物も多い、至急本部から伝達を要求する。 以上」
 見渡す一面が灰色のコンクリートに覆われた建物と、その色を隠すように光るネオンと看板が目に付く。人が居るという印であり、その風景に安堵と奇妙な重圧を覚えながらウィレムは本部へ提出するレコーダーに声を吹き込む。
(人が居るだけ良い方なのでしょうか……或いは……)
 人間のように振舞う魔物は今そうそう見られず、逆に人が魔物の近くに居ればたちどころに喰われる。そう、力量差がここ数年目立ち始めているのだ。
 露ほども知らずに生きている町の生命達はどれ程、自分の身の周りが危険に満ちているのか。分からぬまま無防備に、日々食事をし、この町で職務に励んでいる。
(ともすれば、僕達が先に滅んでしまう日も近いというわけですか)
 数日前までウィレムは教育するべき、若い魔物狩りの素質を持った少年の付き人をしていた。
 まだスカウトして間もない彼の、しかし最初の事件はこの町――まだ本部の直接管理化に無い――で起こった最初の魔物であっけなく幕を閉じてしまう。
 強烈過ぎるのだ、魔物を相手にするには若すぎる狩人では役不足になってしまう。見てきたからこそ、言える事実とそんな出来事を省みない本部に対する怒りがふいに、自分を支配する。
「――おや?」
 流れる空気にウィレムはレコーダーを仕舞う手を止めた。
(魔物……? いえ、これは人間ですね?)
 空気の汚れた場所で人間の出す気の力なのか、魔物の出す力なのかを一瞬で判断するのは難しい。視界を数度回し敵意のあるものならば既に何処かしらから悲鳴が上がっているだろうと警戒を解く。
「しかし……」
 スカウトをする時は大抵本部から地域に住む『素質ある者』のデータが予め送られてくる。その中以外でウィレムの感覚が研ぎ澄まされる――これは自らの魔物の血が本能的に狩人を判別する感覚に近いそうだ――事はまずある筈がないというのに。

「狩人の素質を持つ者の発見。 独断ですが行動に移ります」
 次に視界に捉えた少年の姿を、ウィレムは鏡にも似た瞳の奥に焼き付けた。
 赤と青に光る激しいゲームセンターのネオンが光る下、漕げ茶色の少年と肩を抱き合い、笑っている少年の漆黒の髪を見つけ。ふいに、見せた不安を訴える表情を確認しながら。


3.疑問

 その日チェスターの携帯に一通のメールが届いていた。
 昨日、ジェイミー・ブラウンとゲームセンターへ寄った後、カラオケに行く時にまた数人の少年少女を巻き込み夜が更けるまで歌い続け、店の店主から放り出されるまでそこに居た。そこからは各自、自分の居城に戻ったのだが、そんな風に遊び呆けたせいでメールが来た事に気づいたのは既に昼を過ぎた後である。
「また歌いにいきましょうね。 んー、帰ってからすぐ送んなよったく。 他は……」
 シルバーカラーの携帯は今時の少年らしい最新機種で、カラー画像がめまぐるしく変わる中チェスターの友人名が次々と表示され、付き合いの多さを表した。
「今日の昼、またいつものゲーセンでな。 ……ってオイ! またやるのかよジェイミーの奴」
 一週間の七日、ジェイミーと出会い打ち解けて数ヶ月経つか経たぬかと言った所だが、二人で遊びに行く所の大半はゲームセンターだった。確かに、他に行く場所が無く別の友人と行っている事も多くはあったが。
「飽きねぇなぁ……あいつも。 ま、今日も大物釣ってやっかな」
 日にちと確率から考えて、いつものゲームセンターでのクレーンゲームはいつもよりアームが強くなっている筈だ。本日なら、いつも強請られるロボット物や箱物の景品も釣ってやる事が出来るかもしれない。

『……――や、なんか変だって』

 いつものようにもぬけの殻になっている部屋から支度をし、音声キーを設定して出る瞬間。チェスターは一瞬昨日、奇妙にも心にひっかかった声をもう一度、耳元で聞いた気がした。
(そういや、俺の部屋にぬいぐるみなんて無かったよな……?)
 チェスターの部屋には拳銃一式と、生活に必要最低限の物しか置いていない。
 けれど、自分の記憶の中で必ずチェスター。己という少年はゲームセンターに行けば必ずぬいぐるみ、ないしずっと取っておける物を獲得している筈なのだ。

『いっつも俺にくれるよなぁ』

 足音が時計の秒針が如く響いている。今は昼過ぎ、正確な時間は分からない。いつも通りほんのり暗い町並みの中で、溶けるようにチェスターは歩いている。
 自分の友人の顔を順序良く思い出しながら、覚えている限りの景品と誰に何をやったのかを。いつも譲っている行動に酷い疑問があるわけでもない。それでも何かがおかしい。少ない少年の持つ金銭を何故いつも『誰かの為に使い、あげて』いるのかが分からない。
 思い出せば思い出す程、チェスターは身近な人物に取った物を譲る行動が多く感じられ。
「お、いつものガキじゃね?」
「……あんた、誰だよ」
 ゲームセンター前。派手な柄のシャツを身に纏った、いかにも悪そうな男に声をかけられ、思考は中断。『ガキ』という呼び名に腹は立つものの、一度見回して見知った姿が無いと悟ると相手の言葉を待つ体勢が出来た。
「身構えるなよ、俺だって別に好きでここに居るわけじゃねぇ。 んーと、なんだっけ?」
「ゲーセンの後ろにあるビルで待ってる。 だっただろーが、てめ、ちゃんと覚えとけよ」
 あまり品の良くない男の後ろからもう一人、少年が持つ限界までの札を持った男が割って入ってくる。
「おまえら……!」
「ちーがう、ちがう! こりゃさっきのガキに貰ったんだ。 なんでもゲーセンも飽きたから、とか。 あんまり他人様を伝言板にしないでくれる?」
 まさかこの男達が金銭目的で友人を利用したのではないか、チェスターの思考はすぐにもそこへ辿り着き、猫が威嚇をみせるかのように頬を吊り上げ臨戦態勢に入る。が、当の相手はどうだろう。
「お前さんもさ、早く来てやれよ。 俺達ゃこれでも結構待たされたんだぜ? あのガキもお前のコト、結構待ったんだろうよ」
 実際、メールはチェスターが起きる数時間前から来ていたし、時間は指定されていなかったが若者同士のやりとりというものは、リアルタイムというのが大抵だ。
 肩の力が抜けると同時に、伝言を預かった男のシャツを思い切り押してチェスターはゲームセンターの裏へ走る。この地域では有名店だけあり、この敷地はかなりの広さがある。ついでに言えば、それだけならず者もたむろしているし、同年代の格好の肝試し場として有名でありそのまま消える者も後を絶たない。

『お前は、消えるなよ……?』

 消えるのはジェイミーだったのだろうか。或いはチェスターなのだろうか。
 死体のように転がる浮浪者に足を捕まれては払い、また前を向く。頭の中で、今日起床してからずっと頭を駆け巡るジェイミーの言葉に『五月蝿い』と怒鳴り散らしながら。

 ***

 今日は珍しく、朝になるのが億劫な日だった。
 普段通り、スーツに袖を通しても、レコーダーと携帯を持って外へ出るのも。ウィレムにとって精神力を費やした朝ほど辛いものはない。
(魔物狩りの要素を持った者はいつまでも生きていられない……知識のある者の仕業でしょうか)
 昨日ウィレムは町で見かけた、魔物狩りの素質を持つ少年の後をつけた。相手には勿論気づかれていないようであったし、漆黒色の少年が本当に魔物を狩る素質があるのか、それを見極める必要もあった。
「しかし彼は、また遊びに出かけるのでしょうか……」
 一般人と行動を共にする少年に、まさか魔物をけしかけるわけには行かない。
 だが、あの少年の周辺には確かに魔物がうろついていて、彼がマンションに入るや否やその影を追おうとする邪気が現れたのだ。幸い、ウィレムが片付けたまでは良かったが、今まで『片付けられた事の無い』魔物は封を切ったように暴れ出し、本来狩りが主でない自分は精神が尽きかけるまで少年の居る場所を守り抜いたのだから。

(……遊んで、居てくださった方がまだマシでしたか……)

 ウィレム自身は少年の住むマンションの近くにあるホテルに部屋をとって、彼が動き出すだろう時間までを休憩かつ、監視として宛ててきた。
 お陰か、疲れは多少飛んだが昼過ぎ、昨日見かけた少年の漆黒が目の前を過ぎりウィレムはすぐさまその後をまた、つけるに至っている。
 昨日と同じ道を曲がり、同じ通りを行き、出たのは初めて見かけた時と同じゲームセンターの前で。一度、また誰かと遊ぶのかと思えばため息が出たが、急に何事か店の前の人間と話したかと思えば態度を変えてゲームセンター裏のビルへと走り出したのだ。
「おいっ、にーちゃんいてぇじゃねぇかっ!!」
 追わなければならない。頭がそう判断する前にウィレムは人間という人間を見ずに、少年の後を追う。背後から聞こえる声、向かう途中に向けられる薬物中毒者の哀れな嘆きに耳も貸さず。
「――すみません」
 その一言を吐き捨てながら。
(友人らしき人影が見えませんでしたね……とすると――)
 何がしたいのか、友達同士の肝試しのつもりなのだろうか。漆黒の少年はゲームセンターの裏手にあるビルを目指している。ウィレムが追っても一向に追いつけない所を見ると相当必死に走っているのだろう。
(友人に何か……まさか)
 少年がこちらへ向かう前に話していた男達が金銭目的で何かを仕込んだのだろうか、考えて暫し。ウィレムはすぐにそんな思考を奥底に仕舞う他無くなってしまった。

「少年には悪いですが……これもチャンスと取るべきでしょう」

 ゲームセンター裏手、廃ビル前。最上階は霧に阻まれ見えないが確実に形を崩した廃墟を前に、ウィレムはふいに現れた巨体――既に人の形よりは戯曲に出てくる悪魔を模した魔物を一蹴、これの脳髄を破壊し、沈める。
「素質が無ければ助ければ良し、あれば……」
 組織に必要ならば欲しい人材だ。それはウィレムの独断ではあったが、確かに。
 足を踏み入れる第一歩、魔物の臓物を踏みつけたそれは奇妙な水音を立て、前へ進むのだった。


4.回答

「ジェイミー……? おい、ジェイミー!?」
 お前だろう。お前じゃあないのか。チェスターはここ数分それだけを口にして。細く黒い瞳を乾かせている。
「お、うぁッ!! ――なぁ、なんだよこれッ!!」
 吐血してしまいそうだった。だが、何に。何故。
 胸倉を掴まれ、地面に引き摺られ壁へ叩きつけられ。それでも離してはもらえない、目の前には異常に筋肉の発達した肉塊。太い血管は幾重にも重なり沸騰するような動きを見せた、それでも毛髪のそれは茶色いそれで。
「……お前じゃ、ないのか?」
 目の色も同じだった。濃緑が暗く揺らめき、奥深い。見知った顔の全く知らない姿、これはなんなのだろうか、ジェイミー・ブラウンその人なのだろうか。

 自分のように家族の消えた人間は一体。いや、消えた人間は何になっているのだろう。
 目の前に居る怪物に食われてしまったのだろうか、目の前の怪物になってしまったのだろうか。

 もう一度、ジェイミーがチェスターの頬を捉えようとした時。宙に浮いた細い腕は瞬時にベルトへ突っ込んだ拳銃を取り、人の形から変わってしまった彼の顎に一発、二発と鉛を撃ちこんだ。
「どうなってんだよッ!?」
 衝撃と共に離れる怪物と自分の距離。腕を捻り、相手の骨が奇妙な形になるまで力を入れ、怯んだ隙に間を取る。
 ゲームセンター裏の廃ビルがおかしな場所だという事は、チェスターも聞き及んでいたしジェイミーを見つけたならばすぐ引き返すつもりでいた。けれど、結果的に自分が辿り着いた場所に友人の姿は無く、あったのは見慣れすぎている服の裂けた跡と、少年と同じ色をした怪物だけだったのだ。

 びち、び……――。

 ジェイミーらしい言葉はもう出ないようだった。鉛の入った顎を動かし、音を出す怪物の声らしい物は確かに息遣いから探している人物だと理解できる。
(おかしすぎるだろッ!?)
 肥大化した腕がチェスターの頬を掠め、自らも蹴りに銃を使い反撃へ転身する。今、相手を友人だと思えば確実に命は無い。これは見知っている、ただそれだけの生き物。
「なあ、お前だよなあ。 ……――」
 殺したくは無かった。だが自分に殺せるだけの力など無い事も同時に理解していた。
 ただ、互いに傷つけあう状況に虚しさだけを感じて、チェスターは空気の空になった肺を膨らませ、最後の一言を発しようとした。これが本当に、言葉を出し切ったなら自分はこのあまりにも現実離れした状況を飲み込めず、この友人に似た化け物に殺されるだろう。

 出会ったのは確か、町外れの電話ボックス付近だった筈だ。
 晴れた日に茶色の、犬ころのような少年は、みすぼらしい格好でチェスターと同じマンションのキーを持って歩いていた。
 ここの人間じゃあない。そう思って手荷物を持ってやったのが言葉を交わした最初だったと思う。
 ゲームセンターをすぐに気に入り、ロボットを欲しがっていた。ダンスゲームは何故かチェスターですら追い越せない記録を持っていた。
 全てのゲーム記録をいつか追い越してやる、そんな約束もしただろうか。

 なあ、それよりもジェイミー・ブラウン。お前は昨日、俺に消えるなと言っただろう。

 一瞬だった。力の強い拳がチェスターの頭蓋骨を捉え、そして砕こうとする様は。そして、同じ一瞬だったのだ。
「何をしているのです! 反撃なさい!」
「――!?」
 唖然とするチェスターに張りのある、美麗な旋律が激を飛ばす。振り返る暇など無い、そもそも自分の反撃などものの数にも入っていなかった筈なのに。背中を押されたように、前へ出る一歩を踏みしめる。

 手に握る、拳銃がいつもより熱く感じられた。グリップも、トリガーも。いつもと同じ筈なのに、こんな化け物を相手にしてしまった自分はどうかしてしまったのだろうか。
 銃口を向ける先を見据え、始めて見る炎と光の交差を眺めながらチェスターはただ一言ジェイミーに向かって呟いた。

「俺もさ、お前みたいな化け物になっちまったのかな?」

 例えば炎を噴く醜悪な獣か、光を纏いながら空を翔る虫か。もし、同じようになってしまったなら、きっと声をかけた人物が自分を殺しに来るのだろう。
 チェスターの意識が消えゆく中、今日もまた一人ジェイミー・ブラウンという少年が、この町から消えた。

 ***

「寄生型の魔物、というべきでしょう。 きっとこの町に来た時から既に餌食にあっていたものかと……」
『そうか、ならばそちら側で究明調査をせねばなるまい』

 耳が痛い。鼓膜が破れそうだ。チェスターの意識が戻ってすぐはそう感じ、隣でしきりに何処かへ連絡をとる男の姿だけを確認しては、身を小さく丸める。
「待ってください、スカウトの情報がまだ……それにこちらで一人、魔物狩りの素質を持つ者が」
『件については聞いている。 独断だそうだな……』
 男――携帯から零れる声にウィレムと呼ばれる相手は、『独断』という言葉に口を噤むと目を閉じた。きっと彼にとっては身分不相応な事でもしでかしたのだろう。
(俺には、関係ねぇだろ)
 廃ビルの隅でチェスターは足を丸めて蹲っている。目の前には微塵に砕けたジェイミーが朽ちたコンクリート壁に焼け跡を作っており、チェスターの頬をも鮮血色に染めていた。
『魔物狩りの素質があっても教育に至るプロセスを視野に入れた上、我らは監視している。 お前が動きたいというのであればその者と共に行動せよ、追ってその少年に支給品を送る。 以上だ』
「ま、待ってください……!!」
 弱々しい声が携帯へ縋ったが、すぐに連絡は途切れ。ウィレムは頭を抱えたまま、数秒間そのまま考え込んでいた。が。
「魔物、っていうのか……ジェイミーは」
 相手は、ウィレムはチェスターの方を見たのだ。ただ、被害者へ向ける視線にしては鋭いそれを受けて、篭った声が喉をついて出る。
「聞いての通りです。 貴方のご友人は魔物……人ではない者に寄生されておりました。 早期発見が出来れば助かったのかもしれませんが、どうやら近くにあった狩人としての素質に触発され育ったのでしょう」
 チェスターが連絡を盗み聞きしていた事に全く関心が無いとでも言うような、逆にそれを利用すらして、相手は会話を続けた。
 魔物狩りのシステムについて、ウィレムが所属する『本部』の実体について。人をも魔物をも、まったく庇護しない相手の口調には何処か皮肉が漂い、聞くチェスターの顔から泣くような笑みが一つ、零れる。

「魔物狩りの能力を俺が持ってた。 だからジェイミーは死んだ。 どっちにしろどっちかが死んだ。 つまらねぇ御託は必要ねーよ」
 つまり、自分はこれからウィレムの側に立って動く運命に位置づけられたのだ。何も無い、少しスリルのあった生活は消え魔物の足音が今にも心臓を満たしてしまいそうな日常に姿を変えて。
「無駄な説明を必要としない方で安心しました。 僕はウィレム……」
「ウィレム・ギュンターだろ? さっき聞いた。 俺は――」
 逃げ出せばきっとウィレムは追ってこないだろう。口調の落ち着きからそんな思考すら感じ取れた。だが、ジェイミーの腕が自分を死の淵へ叩き込もうとした瞬間、この声が現在への命綱としてチェスターを引き上げたのだ。

 「チェスター・シェフィールド。 まだあんたを信用したわけじゃねーから……」


5.信頼

 ぽん。

 クレーンゲームから出てきた黒いバッキーぬいぐるみは、そんな音を立ててゴールの籠一杯におさまる。
「うお、すげー! すげー! なぁ、そのぬいぐるみも貰っちまっていいの!?」
 銀幕市広場からすぐ近くにある遊技場。映画が実体化するという事件のお陰か、チェスターは現在少しのスリルと沢山の遊戯場に囲まれながら十分な幸せを満喫していた。
「ん? おい、これもぶんどるつもりかよ?」
 今まで取ったクレーンゲームの景品は数知れず。本日も友人と連れたって遊びに来たのは良いが、結局クレーンのアームが強い物を取っていく内に友人はただの荷物持ちになりつつある。
「いや、まー。 欲しいってわけじゃなけどさ、お前ん家。 なんか沢山置いてただろ? そういうの」
「あぁ……」
 今までとった景品の数々を、今朝家を出た時にもウィレムは片付けろと五月蝿かった。どうしてだろう、整った顔を崩し文句を言う。そんな風景が楽しくて、また何か取ってきてやろうと思ってしまう。
「まッ、あるけどな。 こいつは俺が持ってくわ」
 黒いバッキーぬいぐるみを取り上げ、脇へ抱える。他のぬいぐるみより大きいそれは十分に目立って、チェスターの細い腕には可愛らしすぎる印象を与える。
「へーえ。 どやされるなよー?」
「ははは、慣れちまったら面白いもんだぞ?」
 何か一つ退かせ、何か一つ投げろとウィレムは言う。チェスターがいらないと言わなければ絶対に捨てたりしないのが相手の考えらしく、日々一生懸命収納に苦労している様が嬉しい。

(これ、持って帰ったらまた怒るんだろーなぁ)
 働き者のウィレムへ、チェスターからのプレゼント。そんな風に言ってしまえばきっと、鬼の形相で怒鳴り散らすに違いない。ゲームも、一週間は繋がせてもらえない。
「ま、いっか」
 だからこそ、チェスターはボタン目に柔らかい皮生地のバッキーぬいぐるみを持って帰る。
 贈り物を持って帰ったその先に、信頼できる者が居るからこその。これが喜びの一つなのであろう。


END

クリエイターコメントチェスター・シェフィールド様/ウィレム・ギュンター様

お二方共お久しぶりで御座います。また執筆させて頂き有難う御座います。唄です。
お任せという言葉が一つしか無いというのに知らない名前は出てくるわ、捏造甚だしくイメージを壊していないかまずそれが一番心配です。
映画の中のシーンというようなオファー内容でしたので、シーン一つ一つに意味を持たせつつ、膨らませてみましたが如何でしたでしょうか。以前のプラノベでの回想シーンとも絡められるよう構成したつもりです。
今回特にクレーンゲームについての描写が多く、それについて色々な物を絡めて書かせて頂きました、イメージ及び気に入っていただければ幸いです。
個人的にはチェスター様のシーンで入る一人称と、ウィレム様のシーンを深く描写させて頂くのがとても楽しゅう御座いました。
また、逆にいけなかったシーン等御座いましたら申し訳なく。

それでは、またシナリオなりでお会いできる事を祈りまして。

唄 拝
公開日時2008-07-28(月) 01:00
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